2026年3月15日、TAA主催の「深さを持った演劇のまちづくりシンポジウム」がありました。
その中で、CAT1期生で豊岡に残っている人たちによる「ぶっちゃけトーク」がありました。
その終盤、ぼくも壇上に呼ばれ、「中貝さん、私たちに何か質問はありますか」と。
「CAT1期生の皆さんは、『やるぞ!』って豊岡に来たとたん、『演劇(のまち)はいらない』という人が市長になっちゃって。
その中で、他の大学で他の分野で学ぶ場合とは異なることもあったかと思うんだけど、どうだったのかな?」
以下、1期生の皆さんの答えです。
○他の大学に行ったことがないので、分からないんですけど(笑)・・・どうですか?
○自分が何者なのか話すことがすごく多かった。
何をしているのか、学んでいるのか、何でここにいるのか、すごく聞かれて。
考えることがたくさんあった。
「私は何?」みたいな。
○市長が変わって、地域の方にいろんな意見をいただいた。
すごく色々意気込んで、ワクワクと、この地域に何ができるかなって、来たのだけど、
「え?私って侵略者ってこと?」
それはちょっと、うーん、それからの行動につながっているところがあって、合意形成を重視するようになった。
私たちがどんな存在で、こんなことをしようとしていて、「もしかして合意してくれます?」(笑)みたいな。
○同じ学年の人とか地域の人とか、めっちゃ話したなと思っていて(こみ上げるものがあって、涙・・・)
○1年生は全員寮に入って、交流室があって24時間話せるわけです。
だから、地域で感じたことや授業で感じたことについてしゃべる時間は多かったんです。
市長選があったときもそうですけど、我々はどうなるのだろうと話した。
授業の内容についてもずーっと話したんです。
○アルバイト先とか、企業、市役所、商工会議所も含めて、たくさんの場所に行かせていただいて、
演劇が嫌いな人もいたし、来てくれてありがとうっていう人もいて、
本当に同じ数だけ、たくさん、たくさん話して、説明して。
とにかくこの時間を一緒に過ごそうと、本当に数えきれないくらい話して、
うまくいったこともあったし、時間がかかりそうだということもあった。
自分一人の力で選べることではないことが大量に降ってきた4年間だった。すごく話をした・・・
聞いていて、胸が詰まりそうになりました。
ぼくは、京都で4年間、学生として過ごしました。
でも、自分が何者なのか、説明を求められることはありませんでした。
自分が京都のまちに貢献するなんてことも考えたことはありませんでした。
ただただ京都のまちを享受していればよかった。
でも、CATの学生の皆さんは、まちの人たちとひたすら対話を続けていました。
深さを持った演劇のまちづくりで、新しい地平を切り開こうと最前線で闘ってきたのだと思います。