各地で講演や講義をしていると、「地方が移住促進で人を取り合っても、
ゼロサムゲームで意味がないのではないか」という質問を受けることがあります。
日本全体でみれば、数字的には確かに、そうです。
しかし、地方創生で問われているのは、「日本全体の人口減少対策」ではなくて、
「個々の地方の人口減少対策」です。
日本全体としての人口減少対策の責任は、個々の地方にではなくて、第一義的に国にあります。
これに対し、いかに自分たちのまちの魅力を圧倒的に高め、若い人たちを取り戻すか、
それが地方創生です。
それは、なによりもまず地方自身の問題です。
しかし、ことは地方だけの問題に止まりません。
数字上のゼロサムの背後にあるのは、極端に一方的な、地方から大都市への人口流出です。
文化は、世代を超えて伝わっていく集合的記憶です。
あるまちの人口がある閾値を超えて減少すると、記憶の担い手を失い、その地の伝統文化が失われます。
豊岡の中田工芸は、輪島塗とコラボしたハンガーをロンドンに持ち込み、
「こんなハンガー、見たことがない!」と絶賛されました。
例えばもし、輪島の人口減少が大幅に進むと、その輪島塗という美しい伝統工芸が日本から消えます。
日本の各地にある様々な伝統や歴史や、人と自然との対話によって作られてきた
美しい農山漁村の景観が日本から消えます。
ぼくたちの国は多様性を失い、大都市だけの、日々まちが変わる刺激には満ちている
一方で記憶喪失のような国になります。
「そんな国はつまらん」と、ぼくは思います。
世界の人々を惹きつけようとするとき、どちらが魅力的な国でしょうか。
もう一つあります。
日本の大都市はほとんどが太平洋側にあります。
プレートの巨大なエネルギーは、その大都市群を直撃します。
さらに首都直下や富士山・・・
そこに続々と人々を集める構造を、ぼくたちは是とするのかどうか。
国の基本的ありようとぼくたちの価値観が問われているのだと、ぼくは思います。